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成塚向山(なりづかむけやま)古墳群 【北関東自動車道関連】
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= 古墳時代前期 【約1,650年前】 =
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成塚向山古墳群は太田市成塚町・北金井町・大鷲町にまたがって存在する古墳群です。 平成15〜16年度に発掘調査が実施され、4世紀に築造された、成塚向山1号墳の調査成果が注目されました。そして、平成19年7月まで整理業務が進められ、この古墳の全貌が明らかになりました。
古墳の造り方に「構築墓壙」とよばれる築造方法を採用したり、棺に長さ5.4mもの長大な木棺を採用したりする点は、それまでの地元社会にはない技術の採用でした。また、副葬品として出土した鉄剣や銅鏃、勾玉やガラス玉などは、いずれも地元社会では作り出すことのできない品々でした。これらの技術導入や文物入手は、当時における先進的な地域との政治的つながりをもつことによってのみ実現可能なことであり、その先進地域として目されるのは「ヤマト」といえます。
4世紀は「ヤマト」が各地の有力リーダーと政治的関係を結び、広域的治政を始めた世紀でした。調査によって判明した新来技術や、整理によって明らかになった希少な副葬品の姿からは、「ヤマト」との強い関係が感じられます。成塚向山1号墳は、こうした時代が生み出した、「リーダー格の人物」の奥津城であったと推測できます。
4世紀以降、太田地域の古墳時代は目覚ましい繁栄を成し遂げます。おそらく、成塚向山1号墳に葬られた人物は、こうした繁栄の第一歩を踏み出した「開発リーダー」の1人だったのでしょう。
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全貌が判明した「構築墓壙」
(墳形は方墳・一辺は21m)
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出土した副葬品・銅鏃
(長さは5.6〜6.0cm)
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