平成19年5月
 
南原間(みなみはらま)遺跡   【北関東自動車道関連】
= 平安時代の製鉄炉 【約1150年前】 =

 写真は伊勢崎市田部井町の遺跡から発見された平安時代の製鉄炉です。製鉄炉のすぐ近くからは炭窯や鍛冶工房も見つかっています。
 製鉄炉では、砂鉄と木炭を使用して、鉄の塊を作っていました。このタイプの製鉄炉は竪形炉と呼ばれ、8世紀代から東日本各地で見られるようになります。竪形炉は、踏鞴(ふみふいご)という送風装置があり、1ヶ所だけにしか送風口がないことに特徴があります。7世紀後半から8世紀前半までに群馬県で操業されていた沢山の送風口を持つ箱形炉に比べ、炉内の温度や送風量などをコントロールしやすいという特徴があります。
 鞴座(ふいござ)と炉体間に段差が必要なために、通常では傾斜地に作られることが多い竪形炉ですが、南原間遺跡の竪形炉は平坦地にあります。そのため、炉体と作業場が、地下深く掘り窪められて作られている特徴があります。
 南原間遺跡の近くには、現在でも砂鉄を採取できる早川が流れています。また、笠懸野と呼ばれる古代集落の少ない地域に位置し、木炭づくりにも適しています。製鉄の原料入手も容易で、人里離れた南原間遺跡周辺は、古代の製鉄には適した場所であったと考えられます。
製鉄炉。奥の長方形が送風装置の跡、手前の逆三角形が作業場、間の赤く焼けた部分が製鉄炉本体。
鉄づくりの操業で排出された鉄滓。炭の跡がよくわかる。
製鉄炉。
奥の長方形が送風装置の跡、手前の逆三角形が作業場、間の赤く焼けた部分が製鉄炉本体。
鉄づくりの操業で排出された鉄滓。
炭の跡がよくわかる。