平成20年1月調査
 
綿貫原北遺跡(わたぬきはらきたいせき)
調査場所: 高崎市綿貫町字原北
調査期間: 平成20年1月4日〜平成20年3月31日
主な時代: 古墳時代、奈良・平安時代、室町・戦国時代、江戸時代
遺跡の内容:  国道354号線高崎玉村バイパス建設工事に伴う発掘調査で、県道前橋長瀞線との交差点の東の第1区から調査を開始しました。調査区は順次東へと進んでいく予定です。平成11年度に調査した綿貫小林前遺跡に隣接していますが、遺構は重複が激しく、現在は中世以降を第1面として調査しています。
 調査区全面で、天明三年(1783)の浅間山噴火の災害に関連した遺構が発見されました。降り積もった軽石(浅間A軽石)を溝に入れて畑耕作土の天地返しを行った灰掻き溝群は、調査区の北西部及び南東部、南西部の3カ所で見つかりました。また、調査区内を南北に走向する1号溝は、同じく灰掻き溝に利用された後に廃棄されたこともわかりました。調査区北部中央は江戸時代の土坑が集中する生活域となっていたため、1号溝には18世紀代を中心とする陶磁器類が多く混入していました。なお、1号溝は古代〜中世まで大規模な溝として踏襲されていたようで、第2面でも調査を継続します。
 調査区の北西端及び北東端、南東部では、室町〜戦国時代の遺構が点在しています。北西端では、かわらけや古銭を出土する楕円形や短冊形の土坑が集中しています。この内の1号土坑の底面に置かれた川原石はすすけて、ひび割れ、土坑内部は炭で埋まっていました。わずかながら骨のような白い粒が残っていたことと形態等から、1号土坑は中世の火葬跡と思われます。同様なものは現在まで、他に3基見つかっています。
連 絡 先: 遺跡調査事務所 027−353−6640
灰かきに利用されてた江戸時代の溝 川原石4個が置かれ焼けている土坑(中世?)
灰かきに利用されてた江戸時代の溝 川原石4個が置かれ焼けている土坑(中世?)