平成19年10月調査
 
田口下田尻遺跡・田口上田尻遺跡
   (たぐちしもたじりいせき・たぐちかみたじりいせき)
調査場所: 前橋市田口町大字下田尻・上田尻
調査期間: 平成19年9月1日〜平成20年3月31日
主な時代: 古墳時代、平安時代、江戸時代
遺跡の内容:  田口上田尻遺跡W区の調査が進捗し、天明三年(1783)の浅間山噴火に伴う泥流に埋もれた民家の様子が明らかになってきました。母屋は東西約15m(8間)、南北約6.3m(3.5間)の「広間型三間取り」と呼ばれる間取りの平屋の建物と考えられます。中央から西側が床張りで、広間にいろりがあります。東側は土間で南東部分に馬屋が置かれ、馬屋の南側屋外に桶を1つ埋めてあります。これは母屋に付随した「小便所」と見られます。母屋の南東側に南北約5.4m(3間)、東西約3.6m(2間)の納屋と考えられる建物があり、西側に埋められた二ヵ所の桶が「便所」と考えられます。この建物にはもう一ヶ所桶が埋められていますがこの用途は不明です。納屋の周囲には通路と見られる窪みが見つかっていますが、この通路は庭の南側から東に折れて続いていますので、この部分が屋敷への入り口だったようです。
 今回検出した民家からは、建物の部材はまったく出土していませんし、少量出土した土器もそのほとんどが完全な形ではありません。さらに、農地の復旧のために掘削した溝が母屋の一角にも及んでおり、復旧段階で宅地とは考えられていなかった可能性がでてきました。天明の泥流に埋もれた時点でこの民家は廃屋だったのではないかと考えています。
 田口下田尻遺跡V区は、表土の除去が終了し、泥流の復旧痕が数ヶ所と道路跡が検出されています。
連 絡 先: 遺跡調査事務所 027−237−0787
母屋の建物(東から)左手前の窪みが馬屋 短冊状に見える部分が農地復旧ための溝 母屋の座敷に造られた囲炉裏(西から)
母屋の建物(東から) 左手前の窪みが馬屋
  短冊状に見える部分が農地復旧ための溝
母屋の座敷に造られた囲炉裏(西から)