歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品整理遺跡の最新情報

今月のトピック遺跡紹介平成22年5月
横壁中村(よこかべなかむら)遺跡【八ッ場ダム関連】
縄文時代晩期の一対の土製耳飾り
ここに紹介する耳飾りは、横壁中村遺跡の配石墓から出土した縄文時代晩期初頭(約3,000年前)のもので、土製の耳飾りが一対で出土するのは非常に希なことです。大きさは直径3.5cm、厚さ1.8cmで、文様がつく表面はベンガラ(酸化第二鉄)で真っ赤に塗られています。一対の耳飾りは、大きさや造り、文様意匠に至るまで良く一致していますが、実は外周に施された向き合う「○」形と「三日月」形の図形だけが、ちょうど90度ずらした位置に配置されています。こうすることで、中央のバーに対して二つの図形が逆の位置関係になり、「○」形が太陽ならば「三日月」形は月を、「○」形が満月ならば「三日月」形は新月を示しているのかもしれません。彼等の世界観、あるいは遊び心でしょうか。
身を飾り、おしゃれすることは現在の私たちにとっても大切なことですが、縄文時代の人々にとって髪を結い、耳飾りやネックレスを身に付けることは、悪霊から身を守る上でも必要なことでした。耳飾りは縄文時代早期末頃(約7,000年前)から使われるようになりますが、当初はヒスイ等でつくられた希少品でした。やがて中期頃(約5,500年前)から粘土でつくった土製の耳飾りが主流になり、その後は縄文時代を通じて使われています。縄文時代の耳飾りは、耳たぶに孔をあけて装着するもので、現在のピアスと同じやり方です。

縄文時代晩期初頭の一対の耳飾り

写真1 縄文時代晩期初頭の一対の耳飾り

耳飾りが出土した配石墓

写真2 耳飾りが出土した配石墓

前ページへ戻るページトップへ戻る