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今月のトピック遺跡紹介平成22年1月
楽前(がくまえ)遺跡【北関東自動車道関連】
古墳時代の石製模造品(せきせいもぞうひん)
石製模造品といえば滑石製、まつりの道具だといわれています。生産地は西毛というのが研究者の認めるところです。西毛には、「三波川帯」と呼ばれて滑石を含む地層があります。ここに近い鮎川や鏑川の流域に工房跡が集まるのも当然で、楽に原石が手に入ったからなのでしょう。古墳時代を通じて生産されています。西毛の地場産業といったところですが、製品が流通した範囲は県外にまで及んだ時期もあったようです。
話題の楽前遺跡は、東毛の太田市にあります。しかも、滑石製ではありません。注目が集まるのは、石材のちがい、しかも太田、東毛で作っているからです。
分析結果は報告書に譲りますが、次のように考えて作業を進めています。まず、知りたいのは、いつ頃のもので、何を作っていたのか。次は、原料の石はどこで手に入れたのか。最後は、作らせたのはだれか、どんなきっかけがあったのかです。
出土したものを観察してみると、6世紀代であること、臼玉(うすだま)のほかに勾玉(まがたま)らしいものを作っていたことがわかります。写真には、原石から四角形の形割品、穿孔(せんこう)されて完成直前のものまでを集めました。完成品は直径1cm足らずで、根気がいる仕事です。住居の中央には、大量の剥片(材料や未完成品)が残されたままでした。作業していたのは、せいぜい2人といったところでしょうか。ハンマーの石と砥石のほかには、これといった道具が見当たりません。割って、磨いてと、ひたすら量産に励んでいたようです。
原石は、頁岩でした。少し離れていますが渡良瀬川の上流、桐生から足利の付近で手に入れていたとみられます。薄く板のように剥がしやすいこと、加工が容易なことが特徴です。爪でもキズがつけられます。だから材料となったのでしょうが、難点も軟らかさでした。穴あけでの破損が目立ちます。完成する直前、さぞや、がっかりすることが多かったのでは。
最初に注目を集めたのは伊勢崎市原之城遺跡、次が前橋市大屋敷遺跡でした。調査担当者によれば、豪族居館や拠点と推定されている遺跡です。この中に生産の指揮をとった人たちがいた、と考えたいところです。西毛とは別に独自のブランドを作りたい、そんな思いがあったのでしょう。東毛の心意気を感じさせる遺物です。

写真1 原石から形割までの材料

写真2 穿孔品と完成品
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