歴史を紐解く

群馬の遺跡・出土品整理遺跡の最新情報

今月のトピック遺跡紹介平成21年12月
大道東(だいどうひがし)遺跡【北関東自動車道関連】
古代の竈形土製品(かまどがたどせいひん)
大道東遺跡は、平成15年~17年にかけて発掘調査を行いました。遺跡は太田市街地の北近郊、太田金山の北東、東今泉町に位置し、平成21年3月の最新情報で紹介した楽前遺跡や鹿島浦遺跡は東隣にあります。現在、報告書作成のために整理作業を行っています。
今回、紹介する遺物は「置きカマド」とも呼ばれる移動可能なカマドです。竪穴住居の炊飯施設として造り付けのカマドが古墳時代に朝鮮半島から伝えられたとき、土製の移動できるカマドも一緒に伝えられています。この土製のカマドは、朝鮮半島から伝えられたことを表すように「韓竈(からかま)」とも呼ばれており、神前などに供える食事を調理するために使われたと考えられています。近畿地方ではミニチュアのものが古墳に副葬されたり、奈良時代の祭祀に使われています。そのため、竈形土製品自体に竈神が宿っていたとみられ、破片がカマドに埋め込まれるなど祭祀の対象になっている事例もみられます。 当遺跡の竈形土製品は、推定東山道駅路の南側溝(写真1)から出土しましたが、5㎝ほどの小破片で散在し、側溝の中に廃棄された状態でした。これを接合・復元した結果、写真2のように全体の形がわかりました。
竈形土製品の中で全体の形がわかるものは、全国的にも希少です。群馬県内の前橋市荒砥北原遺跡、東前沖遺跡、伊勢崎市十三宝塚遺跡、甘楽町善慶寺早道場遺跡からの出土品は、全体形状を類推できるものですが、当遺跡例のように状態の良いものは見あたりません。一般的な竈形土製品は正面から見ると台形状をしていますが、当遺跡のものは上部が甕(かめ)のようにくびれがある特殊な形をしています。このような形は東前沖遺跡の出土品にも認められ、ともに飛鳥時代後半から奈良時代前半に使われたと考えられます。
当遺跡の竈形土製品は、その内側に煤の付着が見られることから使用されたことは確実です。どのような祭祀に用いられたかは今後の研究を待つ必要がありますが、当遺跡の周辺域は古代山田郡の役所=郡家・郡衙(ぐうけ・ぐんが)の存在が想定されており、郡役所で行われた祭祀との関係が強いと考えられます。

東山道と竈形土製品の出土位置

写真1 東山道と竈形土製品の出土位置

甕の形に似た竈形土製品

写真2 甕の形に似た竈形土製品

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