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群馬の遺跡・出土品整理遺跡の最新情報

今月のトピック遺跡紹介平成21年7月
原(はら)古墳【国道462号〈鬼石橋〉道路特殊改良事業関連】
古墳の下から見つかった弥生土器と石器 =弥生時代(約2200年前)=
原古墳は、藤岡市鬼石町にあった6世紀中頃に造られた小円墳です。平成20年に発掘調査が行われ、現在、報告書の作成作業中です。
調査の終盤、原古墳の周囲を調査したところ、地表から50~60㎝程下の土中から弥生時代の土器片が発見されました。原古墳が造られていた場所の下からは、土器に混じって石鍬と呼ばれる打製石器が13点出土しました。
写真1左側の土器は、写真2のようにほぼ直立した状態で発見されました。土器の周囲を観察しても土坑と呼ばれる小穴の掘り込みは見られず、なぜこのような形で土中にあったのかはよく分かりません。甕と呼ばれるこの土器の大きさは高さ35.4㎝です。口縁部から肩部には縄文を付けて、その上に植物の茎のようなものを束ねた道具で描いた波状文と横線文が、それより下には条痕文が施されていることが大きな特徴です。写真1右の甕は高さ20㎝で、砲弾のような形をしています。口縁部に縄文が施されていました。このような特徴の形や文様を持つ土器は、群馬県内では弥生時代中期初頭から前葉の、今から2200年前頃に使用されていたものと考えられています。
古墳の下から発見された石鍬は、周辺から容易に入手することのできる結晶片岩で作られていました。写真4左端の石鍬の大きさは長さ19.8㎝、重さ822gです。土を掘るための農具と考えられています。
今回の調査では残念ながら竪穴住居は発見されませんでしたが、きっと近くに弥生時代の人々の住まいや畠があった可能性が考えられます。藤岡地域では、弥生時代中期の遺跡はほんのわずかしか知られていません。原古墳の発掘調査で見つかった土器や石鍬は、貴重な発見となることでしょう。

原古墳の北側から出土した弥生土器

写真1 原古墳の北側から出土した弥生土器

出土した時の土器の様子

写真2 出土した時の土器の様子

写真1左側の土器の文様

写真3 写真1左側の土器の文様

古墳の下から出土した石鍬

写真4 古墳の下から出土した石鍬

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