太田市新田小金井町地内
平成22年4月1日~平成22年6月30日
縄文・古墳・奈良・平安時代
6月の調査では、5月に引き続き県道伊勢崎・足利線沿いの細長い区画(7区・8区、写真1)の調査を行いました。
5月の報告では笠松遺跡の区画溝の続きと考えられる溝の報告をしましたが、6月の調査では掘立柱建物を検出しました。調査範囲が狭いため、柱列の一部分の検出でありましたが、少なくとも2棟以上の痕跡が検出されました(写真2)。また、新田郡庁跡である天良七堂遺跡に近い8区では、地面の硬化した地点及び溝を検出しました(写真3)。
一方、県道新田・桐生線沿いの3区からは東西方向に走る大溝(1号溝、写真4)が検出されました。この大溝は確認した面で上幅が約6m、下幅が約3.5m、深さが約1mありました。溝の底部には砂の堆積などの水流を想定するような痕跡はなく、灌漑用水路ではなかったと考えられます。溝の埋土中には、天仁元年(1108)の浅間山の噴火により降下したとされる浅間B軽石が堆積しており、平安時代以前に掘削されていたことが想定されます。またこの3区より北東方向へ約600mの地点で、平成4年に新田町教育委員会が天良七堂遺跡(町道部分)を調査していますが、そのときに検出された溝に形状、埋土、走行が近似しており、同一の溝と考えられます。
堀廻遺跡の調査は今月で終わりになりました。今回の調査では天良七堂遺跡や笠松遺跡との関連が大いに想定される痕跡を検出しました。7月からは南東方向へ約500mの上根遺跡で発掘調査を実施します。
群馬県埋蔵文化財調査事業団 0279-52-2511



