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群馬の遺跡・出土品発掘遺跡の最新情報

尾坂(おさか)遺跡平成22年4月調査
調査場所

吾妻郡長野原町大字長野原字尾坂

調査期間

平成22年4月1日~平成22年6月30日

主な時代

縄文・平安・江戸時代

遺跡の内容

尾坂遺跡は、長野原駅に近接した遺跡であり、吾妻川が南に蛇行する部分の舌状台地上に位置しています。調査対象面積は約89,440㎡で、平成6年より調査が行われています。
今年度は昨年度調査区の西側で調査に入りました。地表から約2m下で、天明3年(1783)の浅間山噴火に伴う軽石と泥流に覆われた畑(写真1)が検出されました。畑は畝幅約30cmで、畝たては東西方向でやや弧状に作られています。調査区の西側4分の1程は南北の細い畦で分けられ、畝があまり明瞭に検出されず、軽石の検出状況に違いが見られます。また、写真2のような石を円形に組んだ遺構が畑の中に作られていました。角礫を数個円形に埋め込み、奥には板状の大きな石が据えられていました。内部には炭化した木の枝などが全面に残っており、焼土も見られ、明らかに中で火を燃やしています。この遺構は泥流に覆われており、明らかに畑と同時に存在していたことがわかりました。炭の上には薄く降下した軽石がのっていたことから、上屋などは無かったものと思われます。
平成20年度の調査でも同様の遺構が調査されています。これまでの畑の調査で麻の一部が見つかっていることから、麻畑であった可能性が高いと考えています。また、石組みの遺構は収穫した麻を丈夫にし、害虫駆除のための麻煮を行なった炉の可能性も考えられます。
今後の調査を進める中で類例の比較・検討を行い、用途を明らかにしたいと思います。

連絡先

尾坂遺跡調査事務所 0279-82-0937


天明3年泥流下の畑

写真1 天明3年泥流下の畑

畑に作られた石組み遺構

写真2 畑に作られた石組み遺構

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