高崎市岩押町・上中居町地内
平成22年4月1日~平成22年5月31日
平安時代・江戸時代
この遺跡は、高崎駅東口線地方道路整備事業に伴い発掘調査を行っています。4月の調査では、江戸時代の畑の耕作痕、平安時代の水田などを確認しました。
江戸時代の畑の耕作痕は、天明3年(1783)に噴火した浅間山の火山灰(浅間A軽石)の降下以降に、この火山灰を鋤き込んで畑を耕作した際の畝間(うねま)の痕跡です(写真2)。
畝間の痕跡の検出状況を見ると、白っぽく見える条とやや黒ずんだ条が交互に並んでいることが分かります(写真3)。白っぽい条は浅間A軽石を多く含み、火山灰の降下時期により近い時期のものです。一方、黒ずんだ条は浅間A軽石が少なく、白っぽい条より後の土壌化が進んだものと考えられます。つまり、この畑は浅間A軽石の降下以降の耕作で、畝と畝間を逆転させる畝替え(うねがえ)が行われていたことが分かりました。
江戸時代の高崎駅東口周辺は、畑が広がるのどかな田園地帯だったのです。
岩押Ⅲ遺跡調査事務所 027-326-4177



