高崎市岩押町・上中居町地内
平成22年1月1日~平成22年3月31日
平安時代・江戸時代
この遺跡は、高崎駅東口線地方道路整備事業に伴う発掘調査です。3月の調査では、江戸時代の畑の復旧土坑、平安時代の水田などを確認しました。江戸時代の畑の復旧土坑は、天明三年(1783)の浅間山の噴火の時に、畑一面に降り積もった火山灰(浅間A軽石)を捨てた穴の跡です(写真1)。幅1.8m、長さ2.8m以上、深さ50cmの穴に、浅間A軽石がぎっしりと入っていました(写真2)。
江戸時代の記録から、この地域に降り積もった軽石の厚さは約10cmであることが分かっています。また、軽石をかき集める際には畑の表面の土壌を多少削りとるはずですが、捨てられた軽石に土壌が全く混じっていません。これらのことから、積もった軽石はおそらく一旦かき集められて山にされ、その後に穴を掘って捨てられたものと考えられます。
当時の人々はこの作業に相当な労力を費やしたと思われますが、こうして火山灰の降下という火山災害を乗り越えたのです。
調査は来年度に継続する予定です。
岩押Ⅲ遺跡調査事務所 027-326-4177

