高崎市岩押町地内
平成22年1月1日~平成22年3月31日
平安時代、江戸時代
この遺跡は、高崎駅東口線地方道路整備事業に伴う発掘調査です。1月の調査では、江戸時代の畑の復旧溝、平安時代の水田などを確認しました。
平安時代の水田は、天仁元年(1108)に噴火した浅間山の火山灰(浅間B軽石)に覆われていました。調査範囲が狭いために畦(あぜ)で囲まれた区画の様子を確認することはできませんでしたが、ほぼ東西方向に走行する幅2m、残存する高さ5cmの大畦を確認しました(写真1)。この大畦は、昨年に60mほど西側の地点で行った調査でも確認されており(写真2)、その走行と規模から、古代の土地区画制度である条里制に基づいた区画の坪境に相当する可能性が高いと考えられます。
今や近代的なビルが建ち並ぶ高崎駅東口の周辺ですが、900年ほど前には整然と区画された水田地帯だったのです。
岩押Ⅲ遺跡調査事務所 090-7818-5060

