吾妻郡長野原町大字長野原字尾坂
平成21年7月15日~平成21年12月25日
縄文時代、江戸時代(天明泥流下)
本遺跡は、吾妻川の蛇行によって形成された左岸の舌状中位段丘面上に位置しています。12月の調査では、天明三年(1783)の浅間山噴火に伴い埋没した畑跡や、肥料等を入れた桶を置いたと考えられる円形平坦面、溝・道などを調査しました。
写真1は、道を境に畝(うね)の走行する方向が南北と東西に分かれている畑の様子です。これらの畑は、畝の幅も違うためそれぞれ異なった作物を栽培していたものと考えられます。
写真2は、畝上に残った作物の茎の痕で、麻と考えられます。吾妻川を流下した火山噴出物の泥流により、東側になぎ倒されています。さらにこの畑跡の下からは、縄文時代中期の竪穴住居も見つかっています。
発掘調査現場は来年の1月から冬期閉鎖し、4月に再開する予定です。
八ッ場ダム調査事務所 0279-83-1240

