伊勢崎市豊城町地内
平成21年4月1日~平成21年6月30日
平安時代
本年度の調査では男井戸川によって形成された幅約100mの谷地形の調査区内で、古墳時代から平安時代の河川跡や、天仁元年(1108)の浅間山の噴火に伴い降下した火山灰層(As-B)下の平安後期の水田跡などが検出されています。
6月の調査では、調査区東側の台地の縁辺に沿い流下する旧河川の調査を主に実施しました。旧河川の幅は3mから5mで、古墳時代の流路から平安時代の流路へと蛇行を強めながら台地縁辺へ次第に移動する様子が、溝埋没土中の火山灰層(古墳時代の6世紀頃に榛名山が噴火した際に降下したFA層、As-B層)や出土遺物から分かってきました。
特に今回、調査区の東南部の新旧の流路が分岐し、河川幅が広がる場所で、古代の木組みと客土による河川の機能を維持するための大規模な構造物の発見がありました。この河川構造物は、堰または堤防の機能を果たしたと思われる遺構で、上下流方向20m、河川幅方向13mの範囲に大小規模の単位で連携して設置されていました。中央部の木組み遺構は、長さ1.5mから3mの枝を切り落とした丸木材を横木あるいは斜材や杭として、縦横4.5m×3.5mの格子状に組み、これに地山ローム土塊の客土と小枝や粗朶(そだ)を併せ固定した構造が認められます。
これらの木組み遺構は、埋没土層や出土土器類から奈良時代の施設である可能性が高いと思われます。木組みの基本構造は、古代以前の河川構造物の発掘例に共通する特徴が見られるものの、類例のきわめてまれな遺構です。
発掘調査は、6月末で終了しました。今後は、本遺構の構造や機能等について検討を進めたいと考えています。

