

群馬県内で初めて見つかった八角形の古墳です。
作られたのは今から1300~1400年前(7世紀の中頃)と考えられています。この古墳はここにあることがそれまでまったく知られていませんでした。古墳といえば、前方後円墳や円墳などがよく知られていますが、それらとは、違った八角形の古墳ということで、大変貴重な古墳といえるでしょう。
古墳の形というと前方後円墳や円墳などがよく知られていて、八角形の古墳というのは大変めずらしいですね。どうしてなのでしょう。それは、八角形の古墳というのは、天皇、あるいはその一族のお墓に限られると考えられていたためです。ですから当時の中心地であった関西では見つかっていたのですが、それが遠く離れた群馬県で見つかったということで、大変価値が高いということがいえるのです。また、この古墳は2段にできていますが、その1辺がそれぞれ約6m、約9m、そして古墳の周りを巡っている堀の1辺が約12mになっています。これは当時の長さの単位である唐尺(からじゃく)でいうとちょうど20尺、30尺、40尺になっていることがわかりました。これは唐尺を使っていた人がこの古墳を作ったということの証拠であるといえるでしょう。
古墳が整備されれば、実際の古墳を見ることができるようになりますが、それまではちょっと難しいけれど、吉岡町教育委員会から発行されている三津屋古墳の報告書を読んでみましょう。また、吉岡町のホームページも参考にしてみましょう。