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坏を捧げる女子埴輪(つきをささげるじょしはにわ) |
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太田市塚廻り4号古墳出土の形象埴輪群の埴輪。同形同大の女子の半身像である。両者は隣り合わせの位置で出土しており、同じ役割を果たす2人の女性であったことがわかる。
服装は、裾の開く形から、かろうじて上着の表現を知ることができる程度の簡素なもので、その上に直接胸のふくらみを施している。後ろの女性の場合、彩色により襷(たすき)掛けにした帯の表現が認められる。これらの女性の社会的地位があまり高くなかったことを示すものであろう。装身具は、耳環(じかん)、勾玉(まがたま)を適当な間隔で連ねた首飾り、腕輪などが認められるが、やはりいずれも簡易なものである。 2人とも左手に持った坏を斜め上にかかげており、右手は腰のところにあてている。首長を中心に執り行われる酒宴の席に、食物を運び込もうとするところであろうか。侍女のような性格の女性たちであったことが推定されよう。国指定重要文化財。 |
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太田市塚廻り4号古墳出土の形象埴輪群右側の埴輪。あまり見慣れない姿勢の人物埴輪である。全国的に見ても、5例ほどに過ぎない。肘(ひじ)をのばして両手を膝(ひざ)の前につき、踵(かかと)をあげた状態でひざまづいている。顔を上げて、前方を見据えている状態である。前方に居座る、より身分の高い人に対しての動作であることは明らかであろう。
服装は正装で、右側の腰下には立派な刀子(とうす)とポシェットが提げられている。両手には籠手(こて)が装着されており、その上から鈴付きの釧(くしろ)がはめられている。姿勢からすると、身分の低い人と思いがちであるが、当時の社会の中では、比較的高い地位の人物で誄(しのびごと)を奏上しているさまを表したものとの想定がなされている。 誄は葬儀の場で、亡き首長の徳を偲(しの)んで追憶の詞を述べる行為であるが、このことはまた、葬儀を主宰する次代の首長への忠誠を誓う行為と表裏一体の関係にあり、古代にあっては極めて重要な儀式であった。国指定重要文化財。 |
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塚廻り4号古墳に隣接してもう1基、帆立貝式古墳が発見されている。調査は全体の一部であったため、4号墳ほどのまとまりはないが、充実した内容をうかがわせる埴輪が出土している。そのうちで主要な位置を占めるのが、椅子に座る女子像と男子像である。 |
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正装の男子像である。足置きのついた立派な椅子に腰をおろし、両手を膝の上に軽くおいている。主役の一人として儀式にのぞむ首長の姿を表していることがわかる。椅子の左端には玉で飾った勾金(まがりがね)のついた儀礼用の大刀が置かれ、静寂の中にもかすかな緊張感を漂わせている。
つば付きの帽子をかぶり、幅広の装飾豊かな腰帯を付けている。帯の下からハの字形にのぞいているのは、帯の内側で結ばれている腰ひもであろう。両手には、戦いに際して手を保護する籠手(こて)がはめられており、首長の武人的な側面をよく表している。 3号古墳からは、この男子埴輪とうり二つのつば付きの帽子をかぶった男子埴輪の頭部が、隣り合わせの位置で出土している。おそらく首から下も同じつくりであったものと推測される。首長を表す男子埴輪が二体あったわけである。このような事例は、保渡田(ほどた)Z遺跡の埴輪群でも確認されており、亡き首長と次代の首長との関係が想定される。国指定重要文化財。 |
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太田市塚廻り4号古墳出土の形象埴輪群の埴輪。馬形埴輪の傍らからこの男子埴輪が出土していることから、両者は対で立てられていたものと推定されている。 |