和田遺跡(わだいせき)

  新田郡笠懸町西鹿田字和田にある。町の北部に連なる鹿田山丘陵の南側、通称和田山の東斜面の標高174メートルから162メートルに立地する。1979年から1980年まで、運動広場の造成工事に伴って笠懸町教委が発掘調査した。岩宿時代(旧石器時代)から近世までの遺構と遺物が見つかった。岩宿時代(旧石器時代)の石器文化層は4枚発見されたが、特にAT層下位のVIII層から発見された石器群が量的にも多く、出土状態も特徴的であった。素材の一部に平坦な2次加工を加えたナイフ形石器を中心に87点が発見され、その77%が黒色安山岩を素材としたものであった。東に開く谷の南側に傾斜した地点に、北西から南東にかけて18メートル×12メートルほどの楕円形状に集中し、中心部分での分布が希薄な環状の出土状態を示していた。当時、こうした環状に分布する石器群の出土状態は類例がなかったが、その後類例が増加し、「環状ブロック群」と呼称されている。本遺跡はその初例といえる。縄文時代の遺構は、早期の集石遺構と遺物の集中地点であった。これらの遺構は、その後の調査によって分布がさらに南へと広がることが判明した。また、弥生時代中期後半の竪穴住居2、6世紀の終わりから7世紀の初めにかけて造られた円墳2、歴史時代の炭焼窯1と近世の炭焼窯1が発見されている。出土遺物は笠懸町教委に保管されている。〈若月省吾〉

[文献]
◇『笠懸村和田遺跡』 笠懸村教委 1981
◇『笠懸村誌』別巻1 1983
◇『群馬県史』資料編1 1988

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