| 脇屋深町遺跡(わきやふかまちいせき) |
| 太田市脇屋字重殿、字西田、字西諏訪、字八反田にあり、大間々扇状地と由良台地との境界部に立地する。1989年にほ場整備事業に伴って太田市教委が発掘調査した。現低地上に立地した典型的な古墳時代前期を中心とする集落遺跡である。調査では、石田川式期(4世紀中葉から後葉)の竪穴住居3、掘立柱建物1、方形周溝墓2、5世紀後葉の円形周溝墓1、時期不明の溝71、5世紀中葉から7世紀前葉にかけての土坑15が見つかった。方形周溝墓は竪穴住居に近接するが、方形周溝墓の出土遺物は、四半世紀ほど竪穴住居出土遺物より新しく、時間の経過とともに居住域から墓域へと占地の変化があったものと考えられている。布留式土器を模倣したと思われる甕形土器が第1号住居から出土した。また、第1号方形周溝墓の底面直上から完形の壷形土器が出土した。出土遺物は太田市教委に保管されている。〈金澤誠〉 |
| [文献] ◇『脇屋深町遺跡発掘調査概報』『埋蔵文化財発掘調査年報』1 太田市教委 1990 |