米沢二ツ山古墳(よねざわふたつやまこふん)

  太田市米沢字西にある前方後円墳。利根川支流の石田川下流域の左岸平坦地に立地する。『上毛古墳綜覧』に新田郡沢野村第120号墳として記載されている。1971年に太田市教委が発掘調査した。主軸をN-26°-W方向に向け、墳丘長73メートルから74メートル、後円部直径40.5メートル、前方部前端幅37.5メートル、くびれ部幅20メートルの比較的大型の前方後円墳であったことが分かった。10.6メートルから22メートルほどの幅で墳丘をめぐる1重の周堀は前方部がやや開いた盾形の平面形で、周堀を含めた墓域は全長95メートルから96メートルとなる。なお、西側のくびれ部に造出が付設された可能性がある。埋葬施設はすでに失われていたが、墳丘形態、出土埴輪などから竪穴式系の埋葬施設であったものとみられる。出土遺物は埴輪類のみで、形象埴輪として器財破片、鶏頭部があり、墳丘に円筒埴輪列をめぐらせていた。墳丘下で古墳時代前期の土器を出土する竪穴住居を調査しており、本墳が古墳時代前期の集落廃絶後に造営されたことが確認された。築造年代は墳丘形態、埴輪類などから5世紀中ごろと考えられる。利根川北岸のこの地域は古墳時代前期から中期にかけて、本県を代表するいくつかの古墳群が集中的に造られた。本墳はその西端に位置する主要古墳の一つである。出土遺物は太田市教委に保管されている。〈平野進一〉

[文献]
◇『太田市米沢二ツ山古墳』 太田市教委 1971

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