| 譲原遺跡(ゆずりはらいせき) |
| 多野郡鬼石町字譲原にあり、神流川の左岸、河岸段丘上に立地する。1933年、譲原小学校新築時に縄文土器が多く出土し、当時同校訓導の飯島勘一の目を引いた。1937年、校舎から裏手の井戸に通じる踏み石設置の作業の際、敷石をもつ炉が見つかった。この炉が上屋をかけられ保存され、国の指定史跡となった。1996年に恒久的な上屋が建設されるに伴って住居の範囲確認調査が実施されたが、柱穴などは発見できなかった。時期は縄文時代中期から後期初頭と推定されている。また、この住居周辺からは前期諸磯式から後期堀之内式、加曽利B式にわたる土器が出土している。北東50メートルの畑からは朱塗りの透かし彫り耳飾も出土しており、晩期の様相も見られる。炉や敷石にはこの谷で産出する緑泥片岩が使われている。多くの黒曜石も出土しており、長野県との交流もうかがえる重要な遺跡である。保存されている敷石住居は1948年に国指定史跡となり、その周辺は1950年に県指定史跡となっている。出土遺物は鬼石町教委に保管されている。〈依田治雄〉 |
| [文献] ◇山崎義男『先史遺跡考』 1973 ◇桜沢重利『歴史以前の神流川渓谷』 1997 ◇「譲原遺跡調査報告」『安田学園紀要』4 1961 ◇『鬼石町誌』 1984 |