| 八幡原A遺跡(やわたばらAいせき) |
| 高崎市八幡原町にあり、井野川左岸の自然堤防状微高地から低地にかけて立地する。1974年に関越自動車道建設に伴って県教委が発掘調査した。縄文時代前期の竪穴住居1、古代から近世の灌漑用溝群が見つかった。調査区内の微高地を東西に貫く14号溝は幅1.6メートル深さ80センチメートルの比較的大規模な古代以前の溝で、数度の改修の痕跡から長期間使用された幹線水路と認められる。中世から近世の溝群は溝の覆土と降下テフラとの層位関係に従って、中世から近世中期、近世後期以降と認められた。これらの溝群のうちには何度も改修を重ねた幹線水路や末端水路などを見るが、注目されるのは、古代以前から近世後期の間に幹線水路の位置に大幅な移動が認められることである。当地は、室町後期に利根川が現流路へ流れを変え、このため小河川からの取水ができなくなり、一時期耕地が荒廃し、その後近世初期に天狗岩用水が開削され耕地が復興されるという歴史をたどった。この間の経緯は古文献に見ることができるが、発掘調査により見つかった溝群はこうした当地の耕地開発の歴史を検証するところとなった。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈佐藤明人〉 |
| [文献] ◇『八幡原A・B 上滝 元島名A』 県埋文事業団 1981 |