八幡中原遺跡(やわたなかはらいせき)

  高崎市八幡町中原にあり、烏川と碓氷川に挟まれた若田丘陵の中央部に立地する。1981年に中学校建設工事に伴って高崎市教委が発掘調査した。古墳時代から平安時代の竪穴住居176、掘立柱建物36が主体であり、旧石器時代から弥生時代の遺物もわずかではあるが出土している。古墳時代の167号住居は焼失家屋と考えられ、多数の土器類が発見されるとともに、竈の右側で12個の高坏脚部のみが未焼成のまま、整然と並び置かれた状況で出土し、床面上には粘土の塊や作業に使われたと考えられる扁平な石も置かれていて、土器を作っていた家であったことが確認された。遺跡のほぼ中央部に位置する156号住居は遺跡中最大の竪穴住居で、1辺8.8メートルの規模でほぼ正方形の平面形である。古墳時代の竪穴住居で、炉や竈などの施設は見つからなかったが、滑石製の子持勾玉をはじめ勾玉、剣、臼玉などの石製模造品と、砕かれた壷、坏、甕、手捏土器など、祭祀に関連すると思われる遺物が出土している。特殊な住居であった可能性がある。掘立柱建物は大部分が奈良・平安時代に属するものと考えられる。桁行5間、梁行2間の角柱穴があり、雨落溝を伴う大型建物である3号掘立柱建物と東西桁行4間、南北梁行3間の規模の2号掘立柱建物とは、配置の方法や寸法から見て有機的な関連があるものと考えられる。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈神戸聖語〉

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