| 薮塚遺跡(やぶづかいせき) |
| 新田郡薮塚本町薮塚字台山にある。八王子丘陵の西方に張り出した支丘上に立地する。1950年に明治大学、1990年に薮塚本町教委が発掘調査した。1950年の調査では、縄文時代諸磯式期の竪穴住居下の暗褐色土層からナイフ形石器3、剥片14、石核2、総計19点の石器が出土した。ナイフ形石器は薮塚型として型式設定され、岩宿I石器文化に始まる岩宿段階のナイフ形石器の一形態として、AT以前の貴重な資料となっている。この時の調査遺跡は土砂の採掘により破壊された。1990年の調査は、1950年の調査地点より南西方向を水道タンク敷設に伴って薮塚本町教委が明治大学に依頼して行ったもので、旧石器時代の遺物はナイフ形石器が1点出土したのみであったが、縄文期の埋甕を設けた1辺約4メートルの方形竪穴住居2(諸磯式期)、土坑27(前期、後期)が見つかった。出土遺物は明治大学、藪塚本町教委に保管されている。〈半田勝巳〉 |
| [文献] ◇杉原壮介「群馬県新田郡薮塚遺跡」『日本考古学年報』3 1950 ◇今井信次『落穂集』 新田郡古代研究所 1969 ◇須藤隆司「群馬県薮塚遺跡の石器文化」『明治大学考古学博物館報』2 1986 ◇『薮塚遺跡台山地点』 薮塚本町教委 1990 |