| 矢場遺跡(やばいせき) |
| 太田市植木野にあり、東流する渡良瀬川の西南2.5キロメートル、右岸微高地帯の南端部に立地する。南は旧渡良瀬川の流路であった沖積地帯に面している。1980年に住宅団地造成中に土師器が発見されたため、遺物が出土している微高地を中心に、県企業局が発掘調査した。古墳時代前期の竪穴住居3、中期13、後期1などが見つかった。古墳時代前期の2号住居出土の石田川式土器群は弥生後期の甕の特徴を強く継承するものや、古段階の特徴を示すS字状口縁甕を含んでいる。続く中期の和泉式土器は前代の石田川式土器の特徴をよく残す古段階の様相の強い土器群と、後期鬼高式土器の特徴が色濃い後出様相の強い土器群からなる。10号住居の大型壷に見られる複合口縁や頚部にめぐらす突帯は東海西部系統の石田川式土器の特徴であり、台付甕はS字状口縁甕の最終末の特徴を備えている。一方18号住居の一括土器は古墳時代後期前葉段階と認められ、底抜け状の甑や4点の須恵器模倣の坏を出土する。古墳時代の集落は前期から後期前葉まで継続し、以後奈良時代まで途絶する。この間、調査区内に竪穴住居を見ることはできない。出土遺物は太田市教委に保管されている。〈佐藤明人〉 |
| [文献] ◇『萱野遺跡・下田中遺跡・矢場遺跡』 群馬県企業局 1991 |