| 柳久保遺跡(やなぎくぼいせき) |
| 前橋市東部の鶴が谷町にある。住宅団地造成に伴って1984年から1986年の3年間にわたり発掘調査された柳久保遺跡群内の遺跡である。赤城山南麓の緩やかな斜面を南下する中小河川により開析された標高約110メートル前後の丘陵性台地上に立地する。台地は舌状で、沖積地との比高は6メートルから7メートルである。舌状台地の広さは南北約300メートル、東西約150メートルで面積は約4万平方メートルに及ぶ。この台地全面の発掘調査の結果、旧石器時代から平安時代までの遺構が見つかった。旧石器時代では、黒色安山岩製のナイフ形石器、縄文時代では、押型文、撚糸文、無文土器やスタンプ形、三角錐形石器が出土した。古墳時代の遺構は、前期の竪穴住居10、中期の竪穴住居15、後期の竪穴住居5が見つかった。中期の1辺9メートルを超える竪穴住居から滑石製の勾玉5個が出土している。奈良時代は竪穴住居23、掘立柱建物25が見つかった。53棟にも及ぶ竪穴住居により、当時の集落の全体像がつかめたことや4世紀後半から8世紀に至るまで断続的ではあるが集落の形成場所として台地が利用されていたことが分かった。また、各時代の集落は占有場所が異なり、住居同士の重複も少ない。これらのことから本遺跡は、竪穴住居の構造や集落構成を研究する上で重要な役割を果たす遺跡と考えられる。出土遺物は前橋市教委に保管されている。〈関根吉晴〉 |
| [文献] ◇『柳久保遺跡群』I・VII 前橋市埋文調査団 1985・1988 ◇『文化財調査報告書』15・16 前橋市教委 1985・1986 |