| 矢島遺跡(やじまいせき) |
| 高崎市浜川町にあり、榛名山東南麓の裾部に立地する。1978年にほ場整備に伴って高崎市教委が発掘調査した。遺跡の周辺は長野氏に関連する館が多いが、この遺跡もその一つである。館は外堀と内堀とからなる複郭構造であり、外堀の東西の規模約150メートル、外堀の内側に東西100メートル、南北108メートルの内郭がある。内堀に沿って幅4メートルから4.5メートルの土塁の基底部が残っており、裏鬼門となる南西には角欠きが見られ、北西部には張り出し、東方中央に折れがある。東の外堀は幅7メートルと規模が大きいのにくらべ、西の外堀は幅6メートル深さ1.2メートル、南の外堀は幅4メートル深さ1メートルである。内堀は幅8メートルから12メートル、深さ2メートル程度で北西方向から水を引き入れる防御の中心である。内郭では掘立柱建物33、柵10、竪穴状遺構10、井戸17、土坑200以上、溝3などが見つかっている。遺物には中国青磁、16世紀の妙土窯並行期皿、常滑の甕、軟質陶器鉢、内耳鍋などがある。内郭中央部では焼けた土壁が出土し、4号井戸出土の五輪塔も火を受けているように、館は火災に遭ったと考えられる。内耳鍋や土師質土器皿の年代観では15世紀から16世紀におさまり、館の廃絶は16世紀と推定される。内郭では際だって大きな建物は廂や縁をもつ傾向にあり中心部と北西部に多い。それに対し南西はやや規模が小さく階層差を感じさせる。南東部は竪穴状遺構と井戸があるものの掘立柱建物はなく、広場と考えられる。なお下層にはAs-B下水田があった。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈関口修〉 |
| [文献] ◇『矢島遺跡・御布呂遺跡』 高崎市教委 1979 |