| 八木原沖田遺跡(やぎはらおきたいせき) |
| 渋川市八木原字沖田にあり、関越自動車道とJR上越線の交差点の東に位置する。渋川市教委が10次にわたって発掘調査している。表土下約50センチメートルで榛名山起源の火山堆積層になり、古墳時代後期から平安時代後期にかけての集落遺跡があるが、古墳時代の竪穴住居は少なく、奈良・平安時代の竪穴住居が多い。6地点で竪穴住居80、掘立柱建物31、土坑95、井戸2、小穴1710、溝などが見つかっている。竪穴住居は茂沢川沿いに多く分布している。奈良時代は、柱穴の直径80センチメートルという大型の掘立柱建物が方向を同じくして並んでいたり、庇付きの特異な施設があるなど集落の構造が注目される。特徴的な遺物として、須恵器坏の底に「若舎」と書かれた墨書土器が出土しており、「若舎人」との関係が指摘されている。古墳時代後期の小区画水田も見つかった。Hr-FPに直接覆われ、その上を土石流によって深さ約2メートルほど埋め尽くされている。大畦や水路によって大きく区画された中を縦畦を連続させ横畦に水口を持たせた構造の水田で、1面の水田は縦2.0メートル、横1.5メートルほどを平均とした小さなものである。なお、本遺跡は有馬条里遺跡と一連のものであり、関越自動車道建設に伴って県埋文事業団が、関越自動車道と市道南部幹線の交差個所を渋川市教委が有馬条里遺跡として発掘調査している。出土遺物は渋川市教委に保管されている。〈大塚昌彦〉 |
| [文献] ◇『市内遺跡III』 1990 ◇『八木原沖田III遺跡』 1993 ◇『八木原沖田IV遺跡』 1995 渋川市教委 |