| 見眼遺跡(みるめいせき) |
| 勢多郡富士見村米野字見眼にある。赤城山南西麓の法華沢川に面した台地上に立地する。1984年に土地改良事業に伴って富士見村教委が発掘調査した。調査は100メートルほどの距離を隔てた2地点で行われ、A地区では縄文時代中期の竪穴住居2、土坑約50、奈良・平安時代の竪穴住居9、掘立柱建物2、沼田街道と推定される道路などが見つかった。J1号住居からは縄文時代中期中葉の多量の土器が出土しており、該期の基準資料の一つに数えられる。また、奈良・平安時代の5号住居からはほぼ完存する鉄製紡錘車と「見」「利」各3文字ずつが刻まれた石製紡錘車が出土している。B地区からも縄文時代中期の遺物が出土しているものの遺構は見つかっていない。主体は奈良・平安時代の遺構で竪穴住居14、掘立柱建物3、火葬墓1などが調査されている。これらのうち1号掘立は2間×3間の身舎の南面に2列の廂が付帯する。また、2号、3号掘立は土間床が残存しており、稀有な事例として特筆される。出土遺物は富士見村教委に保管されている。〈羽鳥政彦〉 |
| [文献] ◇『田中田・窪谷戸・見眼遺跡』 富士見村教委 1984 |