| 宮之前遺跡(みやのまえいせき) |
| 高崎市倉賀野町宮之前にあり、烏川左岸段丘上の縁辺部に立地する。1979年に倉賀野中学の移転およびプール建設に伴って高崎市教委が発掘調査した。古墳時代前期の方形周溝墓1、竪穴住居2、古墳1、土坑墓1、中世の堀1などが見つかった。方形周溝墓は西側の一部が見つかったもので、南東の一部が古墳周溝に切られている。竪穴住居は古墳墳丘下にあり、重複する石田川式期の2棟が見つかった。いずれも床面付近まで削平を受けている。古墳は周堀の一部が見つかったが、後世の削平が周堀の底部付近にまで及ぶ。周堀内最下部には葺石の崩落が認められる。墳形は不明だが、周堀の形から、北東部に張り出しをもつ帆立貝式古墳である可能性が高い。ほかに馬を埋葬した土坑墓や中世の薬研堀などがある。出土遺物は台付甕、壷などのほか、人物埴輪などがある。本遺跡は、西側に隣接する倉賀野万福寺II遺跡と一連のものと考えられる。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈久保泰博〉 |
| [文献] ◇『宮之前遺跡発掘調査略報』 高崎市教委 1980 |