緑埜上郷遺跡(みどのかみごういせき)

  藤岡市緑埜字上郷にある。鮎川左岸の、北西へ舌状に広く張り出した台地上に立地する。低地との比高は5メートルほどで、緩やかな傾斜地にある。1983年に土地改良事業に伴って藤岡市教委が台地縁辺部を発掘調査した。旧石器時代の遺物、古墳時代中期の竪穴住居4、後期の竪穴住居22、土坑、ピット、溝、江戸時代の屋敷などが見つかった。旧石器時代の遺物は、試掘穴のATを含む土層から剥片石器3点が出土し、保存措置が講じられた。古墳時代の集落は中期(5世紀中葉から後半期)から始まり、後期(6世紀代)を中心として継続的に集落が営まれたと推定される。また、確認調査のみを行った台地中央部では平安時代の竪穴住居もあるらしい。中期の竪穴住居には炉のみを持つものや、炉と初源的な竈を併用する竪穴住居があり、竈が普及する直前の住居形態として注目される。江戸時代の屋敷は、幕末に幕府の重臣として活躍した斎藤大之進の生家で、3棟の建物や大堀が見つかり、多量の陶磁器類が出土した。出土遺物は藤岡市教委に保管されている。〈田野倉武男〉

[文献]
◇『緑埜地区遺跡群』I 藤岡市教委 1986
◇『藤岡市史』資料編 1993

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