三ツ俣遺跡・下小塚遺跡・下小塚II遺跡・南小塚遺跡(みつまたいせき・しもこづかいせき・しもこづかIIいせき・みなみこづかいせき)

  4遺跡とも甘楽郡甘楽町白倉字下小塚、字三ツ俣、字南小塚にあり、白倉川と庭谷川に分断された台地上に立地する。遺跡名は異なるが同一の遺跡である。1990年から1993年まで「甘楽ふれあいの丘」開発事業に伴って甘楽町教委が発掘調査した。下小塚遺跡からは弥生時代後期の竪穴住居50、土坑墓3、古墳時代の竪穴住居150、平安時代の竪穴住居20などが見つかった。臼玉などを製作した古墳時代の玉造工房住居が1棟あり、住居の柱根が腐らずに1点出土している。平安時代の竪穴住居には竈袖の補強として布目瓦が使われており、近くに布目瓦を使用した建物があったものと思われる。三ツ俣遺跡では、弥生時代中期の土坑墓1、後期の竪穴住居35、古墳時代の竪穴住居43、平安時代の竪穴住居10などが見つかった。特筆される遺物として銅戈がある。弥生時代の生産物であるが、古墳時代の玉造工房住居から破片で見つかった。東日本では初めての出土例となった。また、弥生時代の竪穴住居からは茨城系統の十王台式土器が破片で出土した。平安時代の竪穴住居からは鋳型が出土している。下小塚II遺跡には、縄文時代中期の竪穴住居1、弥生時代後期の竪穴住居42、土坑墓12、方形周溝墓1、古墳時代の竪穴住居90、平安時代の竪穴住居11などがあった。平安時代の竪穴住居から「野中」「井」と墨書された土器が出土した。南小塚遺跡では、弥生時代後期の竪穴住居5、古墳時代の竪穴住居25、平安時代の竪穴住居30などが見つかった。平安時代の竪穴住居から鞴の先に付けた羽口が完形品で出土している。全体的に弥生時代は火災に遭った竪穴住居が多い。出土遺物は甘楽町教委に保管され、一部は甘楽古代館に展示されている。〈小安和順〉

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