三ツ寺II遺跡(みつでらIIいせき)

  群馬郡群馬町三ツ寺にある。榛名山南麓の末端に位置し、南南西に延びる微高地上に立地する。古墳時代の豪族居館として著名な三ツ寺I遺跡とは猿府川を挟んで対岸にあたる。1981年から1984年に上越新幹線建設に伴って県埋文事業団が発掘調査した。見つかった遺構は縄文時代前期、弥生時代後期の竪穴住居、古墳時代から奈良・平安時代の集落、中世の館とみられる堀などで、断続的に各時代にわたっている。5世紀代とみられる竪穴住居は南方に隣接する三ツ寺居館と同時期であり、本遺跡が居館を支えた集落の一つであることが分かる。遺物のなかには、三ツ寺居館から出土した特異な土師器高坏(坏部外底にカキ目を施す)に酷似するものもあり、居館との直接的な関係を示している。

 猿府川の北側約50メートルにあたる、遺跡南端の奈良時代から平安時代にかけての井戸から木簡2点が出土した。県内初の出土例であった。木簡出土地点からは、このほか斎串、付け札状木製品、墨書土器148点、杭、曲物などの木製品も出土している。墨書には、「奉」「葭田」「上」と読みとれるものがあり、2文字のなかには「紀殿」「牛甘」「西東」などがある。これらの墨書土器には時期的変遷が認められている。遺構の重複関係から、3時期にわたる地震痕跡(地割れなど)が認められ、最新のものは弘仁9(818)年の地震によるものである可能性が高い。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈関晴彦〉

[文献]
◇『三ツ寺II遺跡』 県埋文事業団 1991

戻る