見立溜井遺跡(みたちためいいせき)

  勢多郡赤城村見立字溜井にあり、赤城山西麓の山麓面に発達した標高約310メートルの舌状台地上に立地する。旧石器時代、縄文時代草創期から中期、弥生時代末から古墳時代初頭を主体とした集落遺跡である。1982年から1983年にかけて、関越自動車道の建設に伴って赤城村教委が発掘調査した。旧石器時代では、四つの文化層が見つかり、最下層のAT下からはナイフ形石器などが出土している。縄文時代草創期の遺物として、単独出土ではあるが7点の有舌尖頭器が出土している。早期では、撚糸文系の土器が500点ほどとそれに伴う石器が出土している。遺構は、縄文時代前期の竪穴住居6、中期の竪穴住居2、前期から中期の土坑205が見つかっている。前期の竪穴住居と土坑からは、繊維を含む有尾式土器が出土しており、中部山岳地域と関東地域の関係を示唆する貴重な資料となっている。弥生時代終末から古墳時代初頭にかけての遺構は、住居10棟が見つかっている。全体的に土師器の特徴をもった土器に、弥生時代後期の樽式土器の器形や文様の伝統がうかがえ、弥生時代から古墳時代への転換期を考える上で貴重な資料が出土している。出土遺物は赤城村歴史資料館に保管されている。〈小林修〉

[文献]
◇『見立溜井遺跡・見立大久保遺跡』 赤城村教委 1985

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