| 枡形遺跡(ますがたいせき) |
| 勢多郡宮城村苗ヶ島字枡形にあり、粕川と荒砥川に挟まれた赤城山南麓の台地上に立地する。1951年に道路工事中の切り通しから石器が発見され、遺跡の存在が知られることとなった。遺跡発見当初の1951年と1973年の2回、相沢忠洋が発掘調査した。舟底形の細石刃核、細石刃、スクレーパーなどからなる細石刃石器群が、As-YPとAs-BP間のローム層中から出土した。本遺跡の調査は、岩宿遺跡発見から間もない日本の旧石器時代研究の黎明期に行われたもので、旧石器研究の学史上、重要な遺跡である。また、本県を含む中部日本地域での細石刃石器群の展開を考える上で、現在でも重要な位置を占める遺跡である。〈津島秀章〉 |
| [文献] ◇ 『枡形遺跡調査報告書』 宮城村教委 1981 ◇相沢忠洋・関矢晃『赤城山麓の旧石器』 講談社 1988 |