| 前畑遺跡(まえはたいせき) |
| 富岡市蚊沼字前畑にある。西の大桁山塊から延びる山裾が蚊沼川によって浸食されて形成された谷地の、出口付近にあたる低地に立地している。1988年に上信越自動車道の建設に伴って富岡市教委が発掘調査した。古墳時代の竪穴住居18、奈良・平安時代の竪穴住居8、中世の掘立柱建物6、井戸1などが見つかった。古墳時代の竪穴住居は中期から後期にかけての時期のもので、1辺が約6.5メートルから3メートルほどの方形の平面形で、住居内に炉のあるものと、竈を設置するものの2種が見られた。竈の場合でも初源的な形態で、出土土器の様相とあわせると段階的な時間の推移が読み取れ、当地域における竈の受容期の様相を知る重要な発見となった。また、この時期の竪穴住居の多くからは滑石製模造品や紡錘車の未成品や原石が出土しており、小規模ながら滑石製品の製作にもあたっていたとみられる。さらに、低地に位置するため、地下水の影響で竪穴住居の柱根が良好に遺存していた例がいくつか見つかり、樹種の同定からクリ、コナラ、カヤが確認された。奈良・平安時代の竪穴住居は1棟程度ずつ断続的に継続しており、散村的な景観が復元される。中世の掘立柱建物は棟をそろえ、井戸も含めて調査区の中央付近に集中していることからみて、この付近に中世の屋敷のような区画があったことが考えられる。出土遺物は富岡市教委に保管されている。〈井上太〉 |
| [文献] ◇『前畑遺跡・内出I遺跡・丹生城西遺跡・五分一遺跡・千足遺跡』 富岡市教委 1992 |