蛭沢遺跡(ひるさわいせき)

  高崎市日高町にあり、井野川と利根川に挟まれた平野部に立地する。1978年から1979年にかけて、関越自動車道建設に伴って県埋文事業団が発掘調査した。見つかった遺構は竪穴住居3、溝11、井戸3、土坑16などである。出土遺物から竪穴住居の時期は奈良・平安時代であることが分かったが、ほかの遺構は井戸を除いて時期決定できない。井戸からは出土遺物が多く、S字状口縁台付甕、壷、高坏、小型坩などの土師器が出土し、4世紀代のものと考えられる。同時期の井戸は発見例が少なく、出土した遺物も良好なものである。南に隣接する同時期の集落遺跡である新保田中村前遺跡などとの関係を示唆するものと考えられる。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈友廣哲也〉

[文献]
◇『新保遺跡III・蛭沢遺跡』 県埋文事業団 1988

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