東矢島古墳群(ひがしやじまこふんぐん)

  太田市南矢島町および末広町、高林寿町および高林東町に広がる。東矢島古墳群の名称は本古墳群分布の中心が旧大字東矢島にあったことによる。高林台地の北辺、八瀬川左岸に立地する古墳群である。『上毛古墳綜覧』に記載された、九合村48号から60号墳と沢野村103号から106号墳に相当する。6基の前方後円墳と11基の円墳が確認されているが、現存するのは、高林交差点北西の高林公園内にある前方後円墳の御嶽山古墳(沢野村103号墳)のみであるが、これも著しい削平を受けており、墳頂に御嶽神社が建てられている後円部以外は墳形をとどめていない。全長100メートル級の、横穴式石室を持つ6世紀後半築造の古墳とされる。高林交差点北東には隣接して全長95メートルの観音山古墳(九合村第50号墳)と同115メートルの割地山古墳(九合村第51号墳)、高林交差点南東には同111メートルの九合村60号墳、同95メートルの九合村57号墳があった。これら100メートル級の前方後円墳の築造時期は6世紀中ごろから後半で、埋葬施設は不明の1基を除いて横穴式石室であり、前方部をすべて西北西に向けるという共通性を持っている。これらのことから、上毛野において強大な勢力を持った豪族が太田市南部に拠っていたことが示される。〈菅間健司〉

[文献]
◇清水永二「郷土資料としての古墳群の研究」『新上野』17-5 1936
◇清水永二「新田郡に於ける前方後円墳の時代的類別」『群馬教育』 昭和13年3月号 1938
◇橋本博文「上野東部における首長墓の変遷」『考古学研究』26-2 1979

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