東平井古墳群(ひがしひらいこふんぐん)

  藤岡市鮎川字塔ノ内、字尺司から東平井字川破、字清水にかけて広がる。鮎川右岸の段丘崖縁辺に沿って、約2キロメートルにわたって形成された古墳群である。分布のようすによって4群に区分され、鮎川上流域からそれぞれ川破支群、塚間支群、飛石支群、時沢支群と呼ばれている。古墳群を構成する古墳はいずれも円墳で、直径8メートルから15メートル前後の規模のものが多く、大規模円墳や前方後円墳などはない。『上毛古墳綜覧』では300基近くの古墳が数えられているが、現在でも約半数近くの古墳が残存しているとみられ、藤岡市はもとより県内においても比較的よく現状を保っている古墳群である。しかし、近年の各種開発に伴い、徐々に古墳が壊されつつあり、早急な保存対策が待たれている。古墳群全体で埴輪を採取できる古墳が比較的少なく、埴輪を伴わない古墳が多いところから、古墳時代後期以降の古墳が大半を占めるものと推定されている。1993年にほ場整備事業に伴って時沢支群の古墳9基を藤岡市教委が発掘調査した。墳丘の残っていたものが2基あり、ほかはすでに墳丘が削平されていたが辛うじて石室根石部分を調査することができた。天井石の残存する石室はほとんどないが、石室は河原石を利用した自然石乱石積で、しかも小口に積んでいる。2号墳と7号墳には、飛白模様を意識した側壁も認められる。この形態は尾崎喜左雄により藤岡市域に多いことが指摘されている。ほとんどの古墳が盗掘、破壊を受けており、出土品は5号墳の直刀、鉄鏃、金銅製耳環、7号墳の鉄鏃、8号墳の刀子など少ない。特徴的なものとして、副葬品以外に石室入口近くの前庭から周堀にかけて須恵器の大甕が破片で出土している古墳がいくつかあることがあげられる。いずれもほぼ同じような位置で出土しており、墓前祭祀に関係するものか、今後の研究課題となろう。出土遺物は藤岡市教委に保管されている。〈寺内敏郎〉

[文献]
◇『東平井古墳群』 県教委 1980
◇『藤岡市史』資料編 1993
◇『年報』10 1994
◇『藤岡平地区遺跡群』 1996 藤岡市教委

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