日影平遺跡(ひかげひらいせき)

  沼田市戸鹿野町字日影平にあり、利根川に片品川が合流する地点の北側の河岸段丘最上段先端に立地する。1985年から1987年にかけて学校建設に伴って沼田市教委が発掘調査した。縄文時代の土坑や陥穴と、弥生時代後期の外周に濠をめぐらした環濠集落が調査された。環濠は長軸110メートル、短軸85メートルの卵形で、堀の断面はV字状である。確認面における幅は3メートルから4メートル、深さは1.6メートルから2メートルあり、一部に濠内側に沿って土塁をめぐらせた痕跡が確認された。竪穴住居は、第4次調査までに環濠内側に24棟、環濠外側北東に1棟が見つかったが、未調査部分も含め環濠内側には30棟ほどの竪穴住居があったものと推定される。竪穴住居の平面規模は最大で9.6メートル×6.4メートル、最小で4.1メートル×3.6メートルで、隅丸長方形の平面形のものが多い。主柱穴は4個だが、最大規模の住居は6個の柱穴を持つ。炉石を1個持つ楕円形の地床炉を住居短辺北側柱穴間に設けるものが多い。また、南側短辺中央の壁に近い床面は特によく踏み固められ、その両側に斜めに穿たれた小穴が1対見つかる例が多く、梯子状の出入口施設があったことが分かる。遺物は住居内および濠内から壷、甕、鉢、高坏、台付甕、甑、片口鉢、蓋、匙などの多くの土器類のほか、土製の紡錘車、勾玉と磨製石鏃、敲き痕のある台石などの石器も少量出土している。集落は、中央に広場状の空間があり、その周辺部に竪穴住居が分散している。住居間の重複も一部に認められたのみで、各住居出土の土器についても大きな時間差は認められず、集落の存在期間が比較的短い期間であったと考えられる。また、焼失住居の割合が多いことも注目される。環濠集落の全体像を知ることのできる県内では数少ない遺跡の一つである。出土遺物は沼田市教委に保管されている。〈小池雅典〉

[文献]
◇『弥生時代の環濠集落をめぐる諸問題II』 埋文研究会
◇東海埋文研究会 1988
◇『沼田市史』資料編1 1995

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