| 原遺跡(はらいせき) |
| 碓氷郡松井田町原にある。この地域は碓氷川と霧積川に挟まれた台地で、遺跡の標高は約440メートルあり、北西1.5キロメートルには中山道碓氷峠最大の難所である刎石が迫る。1988年から1989年にかけて上信越自動車道建設に伴って松井田町遺跡調査会が発掘調査した。うち一部は県教委が実施している。主な遺構は平安時代の竪穴住居5棟と奈良・平安時代とされる大型掘立柱建物1棟などで、特に大型掘立柱建物は古代東山道の「坂本駅家」にあたる可能性が指摘されたことで注目された。この掘立柱建物は「身舎」「柱列」「石敷」からなり、確認された身舎の大半と柱列の一部は溝の内部に柱穴をもつ「布掘り」工法を用いる。規模は桁行11間(総長21.45メートル)、梁間3間(総長5.1メートル)の身舎に、東面を除く3面に庇がつき、さらに身舎内は複室構造で北側が床張り、南側は床張りから石敷きへ改築された可能性が指摘されている。以上により本建物は公的な、または財力、勢力のある者の施設であると考えられる。時期については覆土と伴出土器より8世紀代以後、天仁元(1108)年以前であり、布掘りが全国的に広まる8世紀代かそれ以降8世紀に近い時期と推定される。性格は(1)坂本駅家 (2)碓氷坂関 (3)上毛野坂本氏館−の3説が指摘され、報告書中では時期的整合性や地形、立地などから(1)の坂本駅家の可能性が高いとされている。ただ、駅家全体が確実に調査された例はなく、唯一、山陽道播磨国(兵庫県の大部分)の布施駅と確認された小犬丸遺跡においてある程度の範囲や境域の様子が報告されている。東山道坂本駅がこの基本形態に類似するならば、確認された建物以外にも施設の広がりがあるはずである。この範囲確認のため、1992年から1994年に松井田町教委が調査を実施したが関係遺構の確認には至っていない。出土遺物は松井田町教委に保管されている。〈田口修〉 |
| [文献] ◇水田 稔「群馬県碓氷郡松井田町『原遺跡』で発見された掘立柱建物跡について」『考古学ジャーナル』332 1991 ◇『原遺跡』 松井田町遺跡調査会 1997 |