| 浜町屋敷内遺跡C地点(はまちょうやしきうちいせきCちてん) |
| 太田市市街地の南西1.4キロメートルの浜町にある。1978年から1979年に、太田市遺跡調査会がA地点、太田市教委がB地点を発掘調査し、これらの地点の南東部に隣接するC地点を、1979年から1980年にかけて住宅建設に伴って県埋文事業団が発掘調査した。C地点の調査対象面積は1万298平方メートルである。遺跡は西側を蛇川に、東側を八瀬川に挟まれた標高42メートルの台地上に立地する。両河川は遺跡の南で合流し、南端部の標高は41.3メートルである。C地点で見つかった遺構は溝27、井戸66、土坑427、掘立柱建物2、柱列2、小穴群である。土坑の一部には入口施設をもつ長方形土坑があり、渡来銭や完形に近いカワラケを出土していることから、墓坑と推定され、「地下式(土)坑」の類例とみられる。出土遺物は陶磁器、カワラケ、内耳土器、石臼、石すり鉢、砥石、板碑、五輪塔、笄、焼き印、曲物(桶)、硯、古銭などがある。板碑、古銭、五輪塔などの墓関連遺物では、14世紀から16世紀の時期が推定され、陶磁器の最古のものは、13世紀の舶載磁器である。カワラケは本遺跡出土遺物のなかで最も出土量が多く、出土した遺構は多岐にわたり、完形品の出土が多い。カワラケは口径により、大型と小型との二つに分類できる。石臼は本遺跡で2番目に出土量の多いもので、総数157個のうち、約半数(80個)が井戸から出土し、溝出土は62個(38.7%)、土坑出土6個(3.7%)である。これらの石臼は形態的特徴から、茶臼と粉挽き臼とに分けられるが、薄いものが多いことや火熱を受けたものが多いという特徴がある。これらの遺物、遺構、地形的特徴から、本遺跡は館または中世集落の2説が想定されている。なお、中世段階では、新田氏との関係が推測されているが、近世では「勢多郡新田荘今井村」にあたり、屋敷地のない「無住村」(本百姓が居住しない)であることが史料の分析から明らかとなっている。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈関晴彦〉 |
| [文献] ◇『浜町屋敷内遺跡C地点』 県埋文事業団 1985 |