八崎城址(はっさきじょうし)

  勢多郡北橘村分郷八崎にあり、利根川左岸の急崖上に造られた梯郭式の城である。利根川寄りにある本丸を囲むように、西曲輪、二の丸が堀によって区切られ、本丸の東には新曲輪と呼ばれる場所があり、本丸、二の丸との間には東川が深い谷となって利根川に注ぎ込んでいる。1981年に関越自動車道建設に伴って県埋文事業団が新曲輪の中央部から東堀の一部にかけてを発掘調査した。調査の結果、片薬研掘りの幅12メートル、深さ4.5メートル、底幅1.5メートルの堀が見つかった。新曲輪内では溝、柱穴列などが見つかっているが、明確な建物は見つからなかった。堀の底近くから杓子、両端に小孔を持つ長さ33センチメートルのヒノキの板材2枚が出土した。また新曲輪では石臼、陶器片がわずかに出土している。八崎城は北に位置する白井城との間に「別城一郭」の関係を持ち、構造も似ている。築造年代は白井城よりやや遅れた大永年間(1504-1527)のころと考えられる。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈小野和之〉

[文献]
◇山崎一『群馬県古城塁址の研究』上 1971
◇『三原田城遺跡・八崎城址・八崎塚・上青梨子古墳』 県埋文事業団 1987

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