| 八幡塚古墳(はちまんづかこふん) |
| 勢多郡北橘村真壁字丸山にある。宅地造成により発見された古墳で、1995年に北橘村教委が発掘調査した。赤城山の裾野の先端にあり、東側は木曽川の深い谷、西側は浅い谷地となっている。古墳はこの斜面を削って築かれているが、墳丘は削られ、奥壁の一部が露出していた。墳丘は直径10メートルほどの規模と推定される。山寄せの小円墳で、前庭をもつ自然石乱石積両袖型横穴式石室をもち、構造上大きな平石1個を立て奥壁とすることに特徴がある。石室内から直刀、前庭から土師器や須恵器の坏、長頚壷、大甕などが出土した。石室の構造と出土遺物から7世紀後半の築造とみられる。同様な石室構造は水泉寺遺跡でも認められ、同一技術者集団によって築かれた可能性がある。出土した直刀の鍔、「はばき」に銀象嵌が認められた。文様は「の」の字回転渦巻きを基本としたもので、邑楽町松本23号古墳出土の鍔に施された象嵌と共通する。ほかに、東京国立博物館所蔵の群馬県出土刀装具に施された銀象嵌でも同様の文様が認められ、7世紀後半にこのような文様が施された象嵌入り刀装具が県内で広く用いられたことが考えられる。出土遺物は北橘村教委に保管されている。1996年に北橘村史跡に指定された。〈長谷川福次〉 |
| [文献] ◇『北橘村村内遺跡』IV 北橘村教委 1996 |