| 萩原団地遺跡(はぎわらだんちいせき) |
| 高崎市萩原町字伊勢、字出慶寺ほかにある。1992年に団地造成に伴って萩原団地遺跡調査会が発掘調査し、浅間山、榛名山の火山噴出物および火山泥流層に覆われた5期の遺構が重なり合って見つかった。As-C混土層下からは、古墳時代前期の水路が見つかり、土壌分析の結果、イネの植物珪酸体が見つかった。古墳時代前期以前の水田耕作の可能性も考えられる。Hr-FA降下面からは古墳時代後期水田および水路が見つかった。水田は大畦による区画の内を小畦が細分する小区画水田である。遺物は土器類のほか、木器、杭、炭化種子、昆虫化石が見つかった。FP泥流下では古墳時代後期水田および窪地が見つかった。水田は前代と同様、小区画水田である。大畦はHr-FA降下時の水田区画とほぼ合致するが、水路はHr-FA降下後に変更されており、Hr-FAの堆積により水系に変化が生じたものと考えられる。As-B降下面からは平安時代水田および水路が見つかった。出土した土師質の小皿は、古代土器編年の基準となる資料である。江戸時代の遺構はAs-A降下以前の畝、溝、道路、水路と、As-A降下後、噴出物を処理したと考えられる災害復旧坑がある。土石流災害とその後の復旧活動の一端を示す資料である。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈久保泰博〉 |
| [文献] ◇『萩原団地遺跡』 萩原団地遺跡調査会 ◇高崎市教委 1993 |