| 芳賀西部団地遺跡(はがせいぶだんちいせき) |
| 前橋市鳥取町、五代町と小神明町にまたがる位置にある。1974年に工業団地造成に伴って前橋市教委が発掘調査した。縄文時代の遺構は、前期中葉の黒浜式期、有尾式期から諸磯式期にかけての7棟の住居が見つかった。隣接する芳賀東部団地遺跡との関連で見ると、花積下層式から関山式期にかけては東部団地遺跡で集落が営まれ、有尾系土器の時期に西部団地遺跡に移動が見られ、諸磯a式期になると再び東部団地遺跡で集落が営まれる傾向が見られる。古墳時代では32基の古墳が見つかった。後世の耕作により墳丘が削られ、埋葬施設は分からないが、竪穴系のものであったと思われる。周堀にはHr-FAが堆積していた。古墳の築造時期は5世紀後半から6世紀初頭にかけてにあたる。このほか周堀をもたない竪穴式小石槨と埴輪棺がある。32基中15基の古墳の埴輪に箆記号がある。なかには共通の記号があり、同一系譜にある工人の製品と考えられる。中世では地下式土坑が見つかっている。形状は横穴式の地下室状のものや、方形のものなどがある。板碑が見つかっているものもあり、墓として使われていたとみられる。出土遺物は前橋市教委に保管されている。〈井野誠一〉 |
| [文献] ◇『芳賀西部団地遺跡』 前橋市教委 1991 |