| 西国分遺跡群(にしこくぶいせきぐん) |
| 群馬郡群馬町西国分にある。相馬ヶ原扇状地末端部にあたり、北側の牛池川と南の谷地形に画された幅の狭い台地上に立地し、標高は140メートル前後である。1988年から1989年にかけて、土地改良事業に伴って群馬町教委が2次にわたって発掘調査した。1次調査を西国分I遺跡、2次調査を西国分II遺跡と呼称している。古墳時代中期から平安時代の竪穴住居44棟、古墳時代中期の畠や中世後期の土坑墓群などが発見されている。中でも注目されるのは、古墳時代の竪穴住居に加えて2棟の円形の平地建物が確認されていることである。さらに居住域の周囲には広範囲な畠(耕作域)が展開していることも分かった。子持村黒井峯遺跡や西組遺跡などで認められた1単位の占有域が区分される村落構造と対比する上で重要である。また、西国分I遺跡2号住居(古墳時代中期)では、竈構築補強材に1石の安山岩を割り、袖石や袖の補強材としていることが接合関係から分かった。さらに袖の基部に割れた土器片を敷いて補強材としており、竈構築を考える上で好資料である。西国分II遺跡の38号住居からは、房総地域系の須恵器甕が出土し、平安時代後期の物流を考える上で重要である。出土品は群馬町教委に保管されている。〈清水豊〉 |
| [文献] ◇『西国分I遺跡』『西国分II遺跡』 群馬町教委 1989・1990 |