| 西組遺跡(にしぐみいせき) |
| 北群馬郡子持村中郷字西組にあり、子持山南麓の末端に位置している。国指定史跡の黒井峯遺跡と同様の火山災害を受けた集落、農耕地遺跡である。遺跡の全体面積は約14万平方メートルあり、平坦な台地と子持山から流れる小河川の谷からなっている。1984年から1989年にかけて、子持村教委が7回にわたって発掘調査した。古墳時代後期と平安時代の遺構が見つかった。この遺跡での特色は黒井峯遺跡と同様に古墳時代後期の榛名山の火山爆発を受け、家屋ならびに古代の地表面がそっくり残されていたため、住居と耕地が一体となって見つかった点にある。6世紀初めの災害では厚さ20センチメートルの火山灰が遺跡を覆い、火砕流で家屋などが焼き焦がされて倒壊していた。調査面積は少ないが、竪穴住居1と垣に囲まれた平地式の家屋群から構成された村の遺跡である。そのほか、水田、畠の遺構も見つかった。6世紀中ごろの火山爆発では大量の軽石で遺跡が埋没している。災害時に存在した竪穴住居1と垣に囲まれた平地式の家屋群の構成を2単位調査した。中心となる単位は、平地式建物に家畜小屋1から2、高床式倉庫2、平地式住居1、長方形平地式建物2、円形平地式建物2からなっている。特に家畜小屋は発掘調査での初めての確認となる。周辺の遺構には柵もしくは垣で囲った小区画の畠、畝立ての畠、水田、水場、樹木と祭祀などが確認された。なお、災害後に家財道具などを持ち去り、高床倉庫は放火している。出土遺物は子持村教委に保管されている。〈石井克己〉 |
| [文献] ◇『西組遺跡発掘調査概報』 子持村教委 1990 |