西浦北遺跡(にしうらきたいせき)

  群馬郡群馬町福島字西浦北にある。榛名山東南麓の相馬ヶ原扇状地上で、猿府川の左岸に立地する。標高は114メートルから117メートルにある。1989年度と1992年度に区画整理事業に伴って群馬町教委が発掘調査した。調査の結果、縄文時代から中世後期の遺構群が見つかった。縄文時代は3棟の竪穴住居(中期後半加曽利E式期)で、そのあり方は単発的である。弥生時代は方形周溝墓と集落が近接、あるいは重複し、狭い範囲内での造墓が認められた。さらに、集落を区画する性格の溝も見つかった。古墳時代の竪穴住居からは、古式須恵期が数点出土し、5世紀中葉の時期に比定される。また、県内では井野川、烏川流域や渋川市周辺に分布する傾向がある朝鮮半島系土器の影響を感じさせる土師器の平底甕が出土している。平安時代の遺構では、直径2.2メートルの円形周溝遺構が1基あり、溝内から底を欠く黒色処理の壷や土師質土器の皿を出土した。県内で同様な遺構が鳥羽遺跡や日高遺跡で認められており、葬制や墓制に関連する遺構と思われる。中世では土坑墓群が見つかった。出土遺物は群馬町教委に保管されている。〈清水豊〉

[文献]
◇『西浦北遺跡』 1989
◇『南部遺跡群』 1994 群馬町教委

戻る