新堀東源ヶ原遺跡(にいぼりひがしげんがはらいせき)

  碓氷郡松井田町新堀字東源ヶ原にある。上信越自動車道のインターチェンジ工事に伴い1987年から1990年にかけて松井田町遺跡調査会が発掘調査した。遺跡は碓氷川右岸の上位河岸段丘上、北に突き出た撥形台地の先端部から東側にかけて立地している。北を流れる碓氷川との比高は約40メートル、標高は340メートルから350メートルである。縄文時代中期の集落遺跡で住居1821棟のほか土坑1030基、チャート石器製作跡、滑石製飾玉製作跡などが見つかっている。縄文時代以外では弥生時代の土器や古墳時代、平安時代の住居などが少量見つかった。縄文時代集落の構成では早期および前期の住居が散見されるが、本格的な集落が形成されるのは中期前半の阿玉台式および勝坂式期からで、中期末葉の加曽利E4式期までその変遷を追うことができる。規模は時期が下るにつれて拡大し、住居分布が弧状から環状に移行していることなど、大規模集落の形態を考える上で重要な資料を提供した。遺物も中期初頭の五領ケ台式から加曽利E式までの良好な資料が多く出土しており、特に中期前半の阿玉台式と勝坂式の共伴する好資料が多い。石器や石製品も多く、石斧や石鏃のほか石匙や石皿、磨石、凹石など膨大な量である。ことに注目されるのは前期初頭花積下層式期の滑石製飾玉類でけつ状耳飾、棒状・箆状・方形ほか各種の垂飾が計200点余り出土している。原石や剥片、未成品類の出土より製作跡と判断され、攻玉(玉造り)遺跡としては富山県極楽寺遺跡などとともに最も古い段階の資料が提示された。〈田口修〉

[文献]
◇『新堀東源ヶ原遺跡』 松井田町遺跡調査会 1997

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